題名:It is'nt 第1章 020節

 「やる気だけはあります!しかし、何をやったら良いかが全く分かりません」と素直に告げると山形氏は「ではアシスタントとして私か岩田監督に付いてもらうことになると思います」と言い、続けて「現在は16ミリモノクロフィルムで撮影する短編の企画を進めている」主旨の説明をしてくれた。

 「顔合わせなどの調整をして改めて連絡するので読んでおくように」と台本を受け取り「ありがとうございました。失礼します」とドアを閉めた。すぐに「あれ? 採用ってことだよな」と思うと同時に、それまで腹の底にたまっていた何かが頭を突き抜けるような感覚を得た。「とにかくこれを読もう、そしてこの文字列を映像にするには何が必要なのか考えよう」と帰りの電車のなかで台本の表紙に書かれた取扱注意の文字を恨めしく思った。

 某有名映画監督の「音楽を全く入れない、そして主人公を走らせない条件で観客を感動させる事ができれば、それは普及の名作となる」という発言にインスパイアされたもので、ラストの一瞬を除いてまったくの無音で構成される映画であった。ただし、30分程度の劇中で主人公の二人はほとんどの時間走り続ける。

「音楽を入れない」をセリフや効果音などをまったく入れないことに置き換え、その代わり「主人公を走らせない」を徹底的に走らせるに置き換えた実験映画といえる内容だ。

 しかし何度読んでも「自分が何をできるか」が全く想像つかない。どうしようかと悩んでいるうちに、黒電話が鳴り、すぐに顔合わせのため江古田にある大学近くの居酒屋へ行くことになった。

 小一時間かけて待ち合わせの場所に行くと、プロデューサ・監督・助監督・美術・音響・製作といった主要メンバーがすでに酒盛りをしていた。山形氏の「おぉ! 新しく入った千葉ちゃんや~!」と言うと残りの全員がギロリと睨みつけた。