It is'nt 第1章 060節

 いよいよ撮影が始まる。照明の熱で部屋は物凄い暑さだが、誰もが呼吸を止めたような感覚になる。時間の流れが徐々に遅くなり、監督の「スタート!」という大声が響き渡ると、主人公は徐々にポマードで固めたリーゼントを安全カミソリで耳の付け根からそぎ落としていく。

 そんなこと現実ではうまくいかない。

 当然カットは多くなり、リーゼントがモヒカンに変わるまで、30カットは獲っただろうか。驚いたのはその都度カメラの位置を変え、合わせて家具の位置も変えることだった。単純にカメラの位置や角度を変えるだけではなく、いかにも主人公が部屋の真ん中にいるように家具の配置も変えるのだ。

 本当にそれで上手くいくのかと疑問に思ったが、後にラッシュ(音なしの映像羅列)を見て「なるほど」と思ったものである。