It is'nt 第1章 030節

 日本で唯一映画学科が存在する世界大学のまさにおひざ元の江古田で、僕の映画へのチャレンジは始まった。そこに居た監督は世界大学芸術学部映画学科在籍でありながら日本のメジャー配給会社に2本の映画を配給させた岩井氏であり、プロデューサーは照治大学映研の山形氏、助監督・美術・照明は岩井氏と同じ映画学科の織田氏・小神氏・手塚氏、製作はOK大学の小塚氏という、全員学生ではあるものの(後になって知ったが)蒼々たるメンバーだった。

 無知とは時として、恐ろしく強いモノでもある。

 僕はおくびもせずに「無職の千葉です。高校卒業してまだ18歳です。くだんの情報誌を見まして応募させていただきました。どこに座ったらいいっすか?」と言うと、山形氏と岩井氏の間に割り込んで座った。

 180センチ76キロのやせ型ではあったが、格闘技有段者でもあり割と低めの声で話す僕の挙動に、一同は多少唖然とした様子だったが岩井氏から「映画のことは見るだけで何も知らないというのは間違いない?」と尋ねられ素直に「はい」と答えると、台本を読んだ確認の後に、すぐに打ち合わせが始まった。

 原作は有名漫画家の短編小説であること、役者は劇団員2名がほとんどで、撮影する部屋は誰の部屋、走行シーンのルートはここ、冒頭でリーゼントをモヒカンにそり上げるシーンがあるので、床屋の協力を得ること、モノクロなので血糊は赤ではなく黒、などなど。皆で台本に必要な事項を書き込んでいく。この時、映画製作にはスチルという販促用の写真を撮影する専門家や、記録と呼ばれる服装や家具の配置などが別カットと食い違わないようにチェックする係がいることを初めて知った。

 僕の役割と言えば、「とりあえず撮影時は遊撃として、誰の支持にも従う係をやってくれ」と言われた程度だった。その打ち合わせの際の彼らの表情のシビアさに、なんだかもうメンバーの一員になれたような、全然相手されていないような、不思議な気持ちになったが「ここから始まるのだ」という全身を引き締めるような感覚のまま帰路に就いた。